ようこそ「一人広告代理店」馬場コラボレーションへ

馬場マコト業界全発言

[朝日広告月報]1996年9月号
オランジェリーのモネ
モネの絵が好きだ。初めてパリに降り立ったときに何気なく迷い込んだのがオランジェリー美術館の睡蓮の間だった。
円形の部屋が二つ。その部屋を取り巻くように、画布二十二枚の睡蓮がかかっている、いや部屋全体に睡蓮が眠っているといっても、いいかもしれない。
モネは画家として出発した早い時期に、暗い絵の具を全て捨ててしまったという。
鉛白の絵の具とカドミウム・イエロー、ヴァーミリオン、レッド・レーキ、コバルト・ブルー、エメラルド・グリーンの六色だけで、あの光と水の世界を描いていった。
しかも晩年のモネは白内障で識別さえつかなかった。モネは、その見えない目で睡蓮の連作を二百点以上描く。彼は巨大なアトリエにこもったまま、池も見ずに、ひたすら彼の心の中にある池を、色の感覚のなくなった目で、手探りで描き続けた。
それは自分のパレットのどこに六色の色を置くかが決まっていて、初めて可能な作業だった。八十歳を越えた老画家はどの色とどの色を掛け合わせれば、自分の欲しい色が作れるのかを知り尽くしていた。親指の根本のすぐ上は、黄色と白の絵の具の位置だった。
見えぬ目でモネは天地二メートル、左右六メートルもあるキャンバスの、自分が描くべき位置に黄色の絵の具をおき、柳の風に揺れる一瞬のためにエメラルド・グリーンを使った。盲目に近い画家が描いたものは、今日もわれわれの心をとらえて離さない。
色と色の掛け合わせの魔術を知り尽くせば、新聞広告の原稿ももっとおもしろくなる。もっと広告界にアートディレクター・クロード・モネ氏が生まれんことを。
  
▲ ページトップへ