ようこそ「一人広告代理店」馬場コラボレーションへ

馬場マコト業界全発言

[SENS REPORT]2001年1月19日 月例講座
広告表現は「売る」ことに寄与しているだろうか?
−“馬場マコト”広告制作の考え方と事例研究−
〔はじめに〕
まず、最初にお断りしますが、今日お話しする話は、はっきりいって今の広告クリエイティブでは主流の考え方ではありません。ただこれからの話はぜひマーケティング担当の方に聞いてもらいたいと思っています。
私は30年近く広告表現をやってきて、クリエイティブは特別視されすぎてきたと思っています。皆勝手に、作家性といったことに偏って動いてきたのではないか。クリエイティブは特別なことなのだから、彼らに預けなければならない部分なのだと、得意先も、マーケッターも考え、治外法権下におかれすぎてこなかったか。広告表現はモノを売る流通の中にもう一度戻してあげなければいけないのではないか。それでないとモノが売れない、モノが動かないと言われる時代の広告表現は成り立たないのではないかと思っております。
明かに従来の広告手法では機能しえないマーケットになってきている。それなのに広告クリエイティブだけが、従来の手法で広告企画をしているのではないか。
今売れている商品の広告手法は、従来の広告クリエイティブとは違ったアプローチをしていると思います。そのことを今日は自分のやってきた仕事だけではなく、いろいろなケーススタディから見ていきたいと思います。
エステの広告に施術前、施術後というのがありますが、具体的な広告を見ながら、売れる前「ビフォア」と売れた後「アフター」を検証していきましょう。

1.ユニクロ
「ビフォア」
1990年時のユニクロのCF放映
「気に食わなければ返品に応じるという営業姿勢を、レジ前で太ったおばさん、おじさんが次々服を脱いでいくもの」

「アフター」
2000年のユニクロフリースキャンペーンのCF放映

最近、いちばんモノを売った広告は「ユニクロ」だといえると思います。昨年の売り上げが2200億円、百貨店の上位5社の利益を合わせても350億円に至らない状況下で経常利益は350億円を超しました。
「ビフォア」と「アフター」の間になにがあるのか。それは2000年の「コマーシャルフォト」9月号で柳井正社長自身が、語っています。 「90年代の初期にコテコテの関西風のコマーシャルを始めた。これはユニクロの知名度を上げるにはプラスだった。一方、イメージでは関西風の店とか単なるディスカウンターだといったマイナスの要素も付加されてきた、という誤りもあった。そこで、白紙に戻って、本格的な展開で、企業姿勢そのものを伝えて、企業自体を売ることに徹した」と。
同時に「広告クリエ−タ−に表現をまかすのはいやだ。まかせることで失敗した」とも。
私はここに重要なキーポイントがあると思います。何か面白ければいい、話題になればいいという考え方で、広告表現は非常に強いムードで「返品をする」ということを特化させオバチャンが店頭で裸になってしまう。これは多分、賞をとったはずです。このように賞の対象になることが、日本の広告を非常に貧しくしているのではないかと思っています。どうもビフォアのCFに見たようにオモシロCFを作ることをブレークスルーといい、価値観だと思ってきたのが日本の広告クリエイティブなのではないだろうかと。
そしてこの反省からでてきたのが、音も何もないただフリースを着て動くだけの一連の広告なわけです。この広告のバッククラウンドとして、「関東では、94年から国道16号線より外側の郊外ロードサイド店で展開してきている。郊外での知名度はあったが、ビジネス的には東京の中心部に進出しないと、認識されない。そして、都内ではユニクロの店に初めて出会う人が多いわけだから、商品を売る前に、企業姿勢を売ることが最優先事項だった。安い理由がちゃんとあるにせよ、正確に伝えるコミュニケーションが必要と感じた」と柳井社長は語っています。
安かろう悪かろうというカジュアルショップとディスカウンターとしてリーズナブルな値段ですべての人にカジュアルを提供していくユニクロを区別し、安い理由と安いものを提供する企業姿勢を語らなければ、ユニクロの存在理由はなくなるという論理の前に、最初に見たオバチャンでの広告表現というものは全く機能しなかったわけです。
さらに、柳井社長は「日本の広告会社は、アイデアといえば新奇性ねらいで、問題の本質を理解したコミュニケーションをする気がない。広告制作者自身が表現手段だと思っている」と大変刺激的な発言をしています。
この発言はとても重要だと思います。皆で考えていかないといけない。モノを売るために、プロダクトを語るためには、大変思考の幅は狭いわけです。その狭さがしんどいために広告表現者はクリエイティビテイとかブレークスルーという言葉で逃げているんじゃないか。この社長の言葉を読んだときに大変ショックでした。私は、第一には売るためのブレークスルーがあるのか、広告表現としてのブレークスルーではなく、売るためのブレークスルーがあるかということを考えないといけない時代になっていると思います。どうも表現の新しさがどこにあるかということだけが、日本では語られているのではないかと思います。
これから考えなければならないのは、「マーケティング&クリエイティブの一体化の至福」というものを広告表現の基準にすべきではないかと思います。

さて、ここからは私がどんな視点で仕事をやってきたか、あるいは、プロデュースする立場で実際に表現者として仕事をやってきた中で感じたことをお話ししたいと思います。

2.セブンイレブンVSローソン
セブンイレブン
「ビフォア」
昭和61年の「月夜に散歩するふたり。ジョギングとかではなく散歩をするだけなのは少しヘンなので、セブンイレブンの袋をもつと、ほらヘンではないでしょう」というCF。

セブンイレブン「アフター」
セブンイレブンの「焼き鳥弁当」「カツどん弁当」「年賀状受付」など商品オリエンテッドなCF放映。

ビフォアは電通白土さんの名作です。私はアフターのプロデュースをやってきました。
このビフォア&アフターの間には大きな溝がある。この溝を見ないで広告表現者はコンビニエンスストアーの広告というとセブンイレブン「ビフォア」をやりたがるわけです。
確かに今見た昭和61年のCFは「昭和の百選」にも入る、大変な名作です。セブンイレブンという会社ができて、夜中にコンビニエンスストアが自分の家の近所にあるという価値観をプレゼンテーションし、生活習慣化していく過程ではこのような、エモーショナルで共感性の高い表現オリエンテッドなものが必要だった。たぶんこの頃セブンイレブンはおそらく1000店をきっていたと思います。
それが今は8000店を超え、9000店になろうとしています。ローソンとセブンイレブンとの差が1000店あるところで、イメージ広告は必要ないわけです。昭和61年のCFのようなものをクリエ−タ−はやりたがるのですが、マーケットが変わってきて、1万店という日本最大規模のチェーンとしては、しっかりと商品情報だけを提供すれば、その人たちは店にやって来るわけです。
セブンイレブンのすごいところはこの商品オリエンテッドな広告にも広告代理店2社競合をやって、どうみせればおいしそうかを徹底追及しているところだと思います。担当している制作者にとってはつらい仕事だと思います。商品のこと以外語ってはいけないのですから。でも、こういう基本的な仕事を3年やれば制作者としての基礎ができるはずです。

それに比べローソンはどのようにやっているかを見たいと思います。
ローソンKONISHIKIキャンペーン放映。
これがローソンのCFなのです。セブンイレブンを担当した若い人などはなんとかローソンみたいな広告を制作したいと思ってしまう。しかし、こういうふうにCFを見ると1年間KONISHIKIという外包みをどう展開するかがメインになって、包みの中身の商品が語られなくなる。コンビニというのはそこで売られている商品の中身の勝負なのに、ローソンをはじめとするコンビニエンスストアーはまだまだイメージ広告を展開している。それは店舗数が小さいときには有効だったけれど、これだけ日本の流通の基幹になった今イメージ広告は必要ないわけです。でも広告表現者がそのことをいう勇気がまだまだ日本にはないのだとローソンの広告を見ていると痛感します。

マーケット状況が変わる中で広告表現も変化していく。その変化こそクリエイティブなのだということをもう少し具体的な事例でお話したいと思います。

3.「おーいお茶」
「ビフォア」
97年までのニュージャパネスクキャンペーン。中谷美紀と男の子の淡い恋心を日本の四季の中でイメージ的に展開したCF上映。

「アフター」
98年度、裁縫する中谷美紀。「なに休めって…」とおーいお茶で一息入れる中谷美紀のCF放映。

「おーい、お茶」というのは、缶茶で初めて伊藤園がお茶を作った最初の技術で、これが先行有利になり常にお茶飲料の中ではトップ商品として位置付けられてきました。最初に見ていただいたニュージャパネスクキャンペーンは5年くらい続きました。中谷美紀がちょうど少女から大人になって成長し、タレントとして変化していくのと並走してコマーシャルは作られていった。広告評価としても高かった。しかしイメージに流れることで、先行有利商品の限界が見えてきた。そこで広告表現の方向を変えたのが、「おーいお茶」アフターです。イメージではなくて、もっとお茶のことをちゃんと伝えようとしたわけです。
市場状況としては圧倒的だった伊藤園のお茶マーケットに、前年度頃から次々と他社が参入してきた。で、98年は、お茶の効用を徹底してしゃべろう、それまでお茶の効用をしゃべっていなかったので、もう一度「プロダクト」に戻ろうということです。
そして「お茶は効きますよ、心に」とは言っていないけれども、聞き手からはお茶が何かリラクゼーションに働き、心を鎮めますよ−みたいに響くように「ココロ、ココロ」と歌いこんでるだけの音楽に変えた。それから、今まで引き絵中心だった中谷美紀を全部バストサイズに変えました。彼女の穏やかな表情をはっきりと長い時間見せることで、お茶の穏やかな効用感をはっきりと訴求してました。
同時に「カテキン効果」という新しいワードでもってお茶の効用をペイドパブで徹底的に訴求しました。
結果、97年から98年に表現を変えることで対前年比売上げは140%と上昇しました。
この年は大変むずかしい年でした。桃の天然水が突然(ヒューヒューで)大ヒットし、もう一つは中田英寿の「オー・プラス」が大ヒットしたという飲料系の中で二本の新商品が独走体制に入った年です。このような年にお茶という定番商品が140%伸びたということは、ちゃんと分析しないといけないのではないかと思っています。
売れる広告表現には理由がある、ビフォアとアフターを冷静に分析することで、売れる広告とは何かを探っていかないといけないと思います。

4.アースジェット
同じようなことで、「アース」のアースジェットのケースを見てみたいと思います。
「ビフォア」
ロボコップの版権を取りロボコップがアースジェットを手に次々とハエを落としていくCF上映。

「アフター」
西村知美が「すごーい」を連発しながらハエを次々と落としていくCF上映。

このマーケットはキンチョーが強いところですけれども、アースは30%のシェアを占めています。で、ビフォアはロボコップに高い版権使用料を払い、ハリウッドで撮影して大々的にCGを使っても売れないんです。シェアはまったく変わらなかった。
それがアフターの西村知美に変えたら140%の売上増を果たしました。西村知美がちょぅど結婚した年で家庭の主婦として、使用実感を「すごーい」と語るという企画なわけですが、高いロボコップの版権料では動かないマーケットが西村知美でしっかりと動いた。
殺虫剤のマーケットは90億円なのですけれども、この年からこれを2年間やりました。西村知美がネグリジェ姿になっていたり、キッチンの主婦だったりしたのですが、これで90億円のうち40%のシェアを獲得しています。
こういうふうに、前年の表現はいくらで、なん%ダウンしたが、ある表現にしたらなん%アップしたなどという、売上げ変化と広告表現の関連を分析していくことが大変重要なのではないかと思っています。
施術前、施術後ということでは、広告代理店はほとんど分析せず、何か勘でやってきたという感じがします。

いま、ビフォアとアフターという話をしましたけれども、逆の例もある。それはこれです。

5.「永谷園のお茶づけ」
「ビフォア」
東急エージェンシーの社員・松村君を起用した、がつがつとただお茶漬けを食べるCF放映。

「アフター」
反町隆史を起用して新宿のビル屋上でがつがつとお茶漬けを食べるCF放映。

まずビフォアのCFの企画競合の課題は、昭和27年の発売の永谷園のお茶漬けを味とパッケージのリニューアルなしに活性化させろと言うもので、電通、博報堂、東急エージェンシーの3社競合でした。
私はこの時、トータルプレゼンテーションの設計者のようなことをやっていたのですけれども。最初に話し合ったことは、表現で逃げるのではなく、商品のことを語りきろう、そうは言っても、日本人はお茶づけの商品内容はよく知っているわけで、「語りきろうというのは、食欲の本能に迫れば商品の本質は語られる」ということで、この企画はできあがりました。
本当の直球企画なのでがつかづ食べる役を竹之内豊にキャスティングし、ガツガツ食べると言ってもイメージ的に分からないだろうと、制作の入社3年目のとても大食いの若い子を使ってイメージビデオを作ってプレゼンテーションしたわけです。
すぐに呼ばれまして、「東急エージェンシーのものでやりたいが、これについては、タレントは要らない。タレントでは失敗する、プレゼンテーションビデオのあの男の食いっぷりにかけてみたい」という社長の一言で、プレゼンテーション用に起用した松村君がそのまま登板になったわけです。キャンペーンが話題になればいいと考えているわれわれ企画者と、会社の経営の責任を皮膚感覚で捉える経営者との差異をこのときほど痛感したことはありません。われわれは本当に経営のための広告を身を挺して作っているのかと自問したいと思います。そして先ほど見ていただいたコマーシャルは放映と同時に大話題となり、スーパーシズルという広告表現ジャンルで捕らえられると同時に、食べ物を音を立てて食べていいかどうかという社会問題にまで派生していったのは御承知のとおりです。
で、このコマーシャルの結果、永谷園のお茶漬けは前年度比140%アップという販売実績を残しました。あのコマーシャルの波及効果で、「白子のり」のお茶漬けも販売を伸ばし、お茶づけの市場は当時140億円くらいだったのが、200億円になりました。永谷園はこの年の「ポケモンふりかけ」というヒット商品とあいまって過去最高の売上げ高と経常利益記録しています。
しかし、これだけ成功を収めたCFに対して、違う広告表現はないかと求めるのが、得意先であり、企画者は今あるものと180度違うモノを提案せざるを得ないと言うのが運命なのでしょう。再び3社競合があり、博報堂が制作したのが、「永谷園お茶漬けアフター」としてさきほど流したコマーシャルです。
反町を使い、新宿ビル屋上にスケールアップしても、結局広告は動かなかった。まさに、先ほどのアースジェットのハリウッド・ロボコップの方にお金もスケールも流れていくわけだけれど、モノが動かない。ビフォアから学んでアフターを創り出す作業とまったく逆なことが行われるのも、広告表現の世界なわけです。

6.マーケティングとクリエイティブのブレークスルー
そんな中でマーケットを動かすだけのことを思考してきたCFを一緒に見てみたいと思います。
アサヒビール・スーパードライの一連のCF上映。
マツモトキヨシのたちあがりの広告キャンペーンから最近作までを上映。

「アサヒビール」のCFについて、私が声を大にして言いたいのは、これが日本の広告業界の表現者たちから1回も認められなかったこということ。ACCはこれを作品として一回も入れなかったのです。日本の広告基準はたいへん低いところにしかない。表現のブレークスルーではなく、ここには商品と流通に対するブレークスルーがあったわけです。
ビールに鮮度と言う概念を持ちこむことで、他社との商品差別化をはかり、流通に対して応えていった。広告はその報道広告の役目をになっていたわけです。立ちあがりからのCFを時系列的に追って行くとよくわかるのですが、品質管理としての鮮度が何日に達成できたのか。最初は8日間だったものが5日までどんどん日にちが変わっていきます。企業努力というものを、広告にフィードバックして、情報として提供していくことで、スーパードライはキリンのシェアを逆転していった。まさに売るためのブレークスルーと言う方法論が、ちゃんとここにあったのではないかと思います。
次に見ていただいた「マツモトキヨシ」。この広告は売れ筋商品をちゃんとみせながら、しかも売り場をエンターテイメントの場にしていったことだと思います。同時にターゲットである若い子の意識と主婦層の意識のふたタイプのコマーシャルを売り場をステージにして作っている。マーケティングと広告表現としてのエンタテイメントが、本当に具体化した至福の一つのケーススタディーなのではないかと思っています。
本来はここで私がしゃべるのではなく、「アサヒビール」や「マツモトキヨシ」をやったクリエ−タ−が話す方が日本の広告業界の利益になるんじゃないかと思います。
日本にこのような視点のクリエイティブがもっともっとでてきていいと思うし、それが評価基準になるべきだと思っています。
しかし、なぜならないか?
それには得意先も問題があると思います。表現のブレークスルーをクライアントもあおる、競合でもあおられるため、売れる広告が作られにくくなっている現実があると思います。
最初に言いましたように、広告は表現のブレークスルーではないと思います。やはり、どうやってモノを売るかの表現者だから、クライアントもマーケティングの人もクリエ−タ−にモノを売ることを強要すべきで、制作が聖地だと思わせてはいけない。で、ないと彼らは頭に乗って自分らのやりたい表現をしてしまう。広告は彼ら制作者の実験の場でも存在証明の場でもないのですから。
30年間広告制作をやってきて、アメリカのマーケティング用語の中で、「そうだな」と思ったことは「プロダクト・イズ・ヒーロー」という言葉だけ。
これを私は「あんたが大将」と訳していますが、「商品が大将だ」というところから逃げないで、どれだけモノを作っていけるか、これが私にとってこれからもますますの課題です。

〔了〕
  
▲ ページトップへ