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小説

小説現代 1991年6月号掲載
ミシガンの十六夜

「大島瑛子に延親ちょっとこっちにこい」

 本田建築設計事務所の所長、本田義則の野太い声が事務所内に響き渡った。

 なぜ所長に呼ばれるのだろう。瑛子は少し憂欝になった。その年はいつになく長い梅雨が続いていた。事務所の中にもうっとうしい空気が充満している。先日の競合で負けたことを叱られるのだろうか。チーフの井上次郎と組んで、瑛子が初めて環境コンセプターとしてチャレンジした仕事だった。でも近藤延親と一緒というのはどういうことだろう。

「ほら、所長が呼んでる。早く行ったほうがい」

 井上チーフが瑛子の肘をつつく。瑛子はおそろおそろ所長の部屋のドアを開いた。

 本田はマスコミに名前が知られている建築家ではなかった。虚構のイメージを売り物にする建築家が多いなかで、確実に仕事をこなす作家として業界では知られていた。実力だけで男でも女でも生きていける業界。そこで力をつけるためには、本田の堅実さと誠実さを学ぶのがいい。そういってゼミナールの教授は本田建築設計事務所への就職を瑛子に勧めた。瑛子は入社以来五年、井上につきアシスタントとしてさまざまなことを学んだ。その過程で建築設計よりも、建築物の基本的考えを企画立案する環境コンセプターの仕事に次第に魅力を感じるようになっていた。

「お、座ってくれ。どうだ最近の調子は」

 本田は例の野太い声でいった。腹がどっぷりとでて、けっしてセンスはいいといえない。この風貌のどこからあんな繊細な企画が生まれてくるのだろうか。

「すいませんでした。競合に負けたばかりで、調子はあんまりよくありません」

 瑛子は怒られる前に謝った。

「おい延親。この大島瑛子は競合に勝つ気だったらしいぞ。デビュー戦から勝ってたまるか。それじゃ、ずっと競合に負け続けている延親の立場はどうなるってんだよ、な」

「いや僕の立場はもともとないのですけど」

 頭をかきながら、近藤延親は長身の身体を縮めた。

 瑛子と延親は同期の入社だった。なぜか瑛子がフルネームで呼ばれ、延親は名前だけで呼ばれていた。別々のチーフについていたので、仕事を一緒にしたことはなかった。

「しかし、この前の企画は悪くなかった。地域と建物が遊離せずにどう溶けあえるか。新しい視点があった。あれがわからん相手と仕事をするのは、こっちから願いさげだ」

 本田の言葉を聞いて瑛子は少しほっとした。緊張感がとけた。

「そう、そういう優しい顔をいつもしてるといい。女は目をつりあげて仕事をしちゃいかん。きてもらったのは明日オリエンテーションを受けてきて欲しいからだ」

 瑛子と延親はお互い顔を見合わせた。所長は若いふたりに仕事をまかせる気らしい。

「おい、おい。仕事が始まる前から担当ふたりが心配そうな顔をしたら、俺の立場はどうなる。これからうちの事務所をしょっていく若手に、おどおどされたら困るんだ」   

「クライアントはどこです」延親が聞いた。

「上野動物園」

「動物園?」二人は同時に聞き返した。

「そう、そこの水族館からの依頼だ。葛西に東京都では人口渚を作っている。このコンセプトは俺が作った」

 東京湾岸の再開発には数多くのプロジェクトが交錯していた。巨大資本、外国資本が入り乱れ、それぞれがさまざまな思惑で開発を進めている。東京湾は外国の街並や建物を一堂に集めた非日常的エリアになろうとさえしている。その中で東京都が開発している葛西臨海公園は都市と人間の調和をコンセプトにしていた。

 瑛子は入社してすぐ、本田が一九六九年に書いたという、人口渚公園の企画書を読んだことがある。こんな企画書の書き方があるのかと、その時、感心した。

「何もしないこと。手をくわえないこと。我々の使命は残された唯一の自然を最大限に生かし育み、かつての姿を蘇らせることだ。何かを作ろうという意識を捨てることである」

 冒頭の第一行にはそう書かれていた。何を作ればよいかというクライアントの質問に、何も作らないことこそ創造だと答える勇気に瑛子は敬服した。

 本田のコンセプトのもとに一九七二年から葛西沖では工事が始まっていた。しかし失われた渚に、えいえいと砂を運ぶだけで、公園はまだなにもできあがっていなかった。

「工事が始まって十二年だ。一度失ったものを取りかえすには時間がかかる。ようやく基礎ができた。五年後には海を中心に自然と気軽に楽しめる百ヘクタールの都内最大の公園ができる。でも人間というのは何かを作らんとやっぱり不安なんだろうな。水族館を海臨公園の横に建てることになった。その企画コンペのオリエンテーションだ」

「所長が担当されるのではないですか」延親が尋ねた。

「なにも作るなという提案に、水族館を作驍ニいうのだから、俺の提案の一部が拒否されたことになる。俺がやるわけにはいかんだろう。ただ事務所としてはそうもいっていられない。仕事の依頼があれば受ける。この仕事は君らふたりにまかせた。企画の報告はいらない。大島瑛子が環境コンセプター。延親は設計担当。自由にやってこい」

「競合先は?」と瑛子は聞いた。

「柴崎だ。相手に不足はないだろう。相手が有名人だからといって、びびるな。おもいきりやれ。負けていい。納得いく仕事をするんだ」

 柴崎慎一郎。建築界の若きエースといわれ、マスコミでたびたび取り上げられる男。芝浦の倉庫群の再開発を数多く手がけていた。その派手さとカリスマ性で、最近ではコマーシャルにも出演していた。

 オリエンテーションの日も雨になった。その年の梅雨はなかなか明けなかった。

 上野動物園を抜ける。ここにきたのはいつが最後だろう。高校生の時、初めてのデート。どこへ行きたいかと聞かれて、動物園と答えたらその少年は笑った。小さい時亡くなった父がなにかといえば瑛子をこの動物園に連れてきた。父の肩に乗りながら見た猿山。鮨職人をしていた父からは潮の匂いが微かにした。肩に乗りながらその匂いを嗅ぐのが好きだった。動物園を歩きながら、少年に潮の匂いが少しもしないことに気づいて瑛子はがっかりした。二回目のデートはなくなった。

「いこう、時間に遅れる」

 延親の声で、瑛子はようやく雨に濡れる猿山を離れた。動物園には何度もきたことがあるのに、水族館には一度も入ったことがなかった。ここはそんな運命のもとにあるのかもしれない。水族館はひっそりと建っていた。雨のせいだろうか。人影はまばらだった。

 なんだか湿った匂いが会議室まではびこっていた。コの字型に組まれたテーブル。真ん中に館長以下五人の職員が並び、右側のテーブルに瑛子と延親が座った。左側のテーブルは空いたままだ。指定の時間を三十分過ぎても柴崎はやってこない。太った館長がうっとうしそうに、ハンカチで何度も顔の汗をぬぐう。職員の間に気まずい雰囲気が流れた。

「通産省の次官につかまってしまい、遅れてしまいました。ではお話を伺いましょうか」

 柴崎は飛び込んでくると、ディップで固めたオールバックの頭をさげた。胸のポケットチーフが赤い。館長の横に座っている男が露骨に嫌な顔をした。

「とにかく人の入る水族館を作りたい。そのための新しい試みをいろいろしたいそうです」   

 瑛子は本田に水族館側のオリエンテーションの内容を報告した。

「そうか、じゃ思い切り新しいことを考えてくれ。柴崎はどうだった」

 堅実な仕事ぶりが業界では高く評価されている本田にして、派手なライバルの挙動は気になるものらしい。

「通産省の次官に呼ばれていたといって、僕らは三十分も待たされました」

 延親は唇をとがらせた。

「初めてのところでは、いわなくともいいことをいって、虚勢をはってしまう。柴崎らしい。水族館はお互い馴染みのない世界だ。いい勝負になるぞ。あいつのことだ明日からでも世界中の水族館を回る。ニューヨークはこう、シカゴはこう、フロリダは、パリはといってスライドプレゼンテーションだ。そして世界との差別化のためにはと、変わったアイデアを持ち出す。そんなものに惑わされるな。自分の行きたい水族館を作ればいい。もっとも、うちには世界の水族館を視察する予算もないが」

 そういって本田は屈折した笑い方をした。柴崎のことを一番気にしているのは所長なのかもしれない。ふたりにこの仕事を任せたのも、柴崎との全面対決を避けるためだったのではないか。それならこの戦いに必ず勝ってみようと瑛子は思った。建築業界で男に伍して生きていけるか。その可能性を試すのに、柴崎はかっこうの相手だった。

「いいね、解答は人の集まらない現在の上野の水族館にある。いまあそこでやっている方法を全部とらないことだ。それと百八十度違う提案をすれば必ず人は集まる」

 その日から瑛子と延親の上野通いが始まった。

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