ようこそ「一人広告代理店」馬場コラボレーションへ

小説

講談社刊 1997年
銀座広告社第一制作室

第3章 小津の徳利

室の中ではひさひざの大型得意先の競合とあって全員が目の色を変えていた。拓馬はクリントン以上の隠し玉を企画したと誇らしげに野村のところにいいに来た。なんだよちょっとヒントを教えろよという野村に対して「いえません。いっちゃえば無理してももってくのがノムさんの手口だから」と拓馬はいって室をでていった。冗談めかしていっているが心底そう思っているのだろう。拓馬は口にはださないがクリントンの企画は絶対俺のもので野村はそれに乗っただけだと思い続けているはずだった。悔しかったら、俺が走る先を追い付かれないように走ってみることだ。そして野村はふと笑った。

これでは結局野村も結城と同じだった。あいつにはまだまだ負けない。俺が企画しなければ通らない。俺が得意先と話さなければわかってもらえない、解決しないといつまでたっても思っている。制作者というのは幾つになっても駄目な少年たちだ。

ここ一週間野村室の連中は自分の仕事が終わっても、なかなか室をでようとせず遅くまでなんやかんやと残業をくりかえしていた。誰もいない室に野村が戻ると、他人の机の上の原稿用紙をぱらぱらと盗み見している男を何度もみかけた。野村が咳払いをすると男は机から慌てて離れ、用事を思いだしたようにあたふたと室からでていく。その男の姿がいつも決まった男ではなく室のさまざまな男が人の机の上をちらちらと盗み見しているのが野村にはおかしい。

自分の若いときと一緒だ。盗み見したからといって、同じ企画を出せるわけではないのに、ライバルと自分が考えている人間の企画の断片が気になった。あるいは会社でエースといわれる男の机の上をずいぶんあさったものだった。人の机の上の企画書やラフコンテが気にならなくなってどのくらいがたつだろう。やっと、ここ十年なのかもしれない。自分の企画は野村個人にしか描けないと確信がもてるようになったのは。

この仕事に関して室の誰もが、自分の企画を通そう必死なのが野村にもひしひしと伝わってきた。こうやって室は強くなっていく。しかし野村の中ではこの一週間の間に一本の企画もできあがっていなかった。企画の芽になる兆候さえ思いつかない。いつもの仕事と明かに違っている。熱田の言葉ではないが、このままではまずい。大勢の前で大見得を切った結果きた仕事という、プレッシャーから抜け出せていないのだろうか。あせればあせるほどなんのアイデアも思いつかない。

「今回は珍しいですね」

といって不動産屋の親父のように腹を突き出しながら、尊大な口を聞いてきたのはイッセイだった。

「なにが珍しい」

「今回はノムさんどうしたんだろうって、みんないっていますよ。だってちょっとでも気に入った企画があると、いつもならこれどう、どう思うって大騒ぎするのがノムさんじゃないですか。それも決まってとんでもない企画。周りの人間が、ここまで飛ばれたら今回も負けって、白旗を事前に下ろさせてしまうような企画なのに、今回はどうして黙っているのだろう。おかしいおかしいと、みんながいうから、僕いってやったんです、なに、今回はなんの企画も沸いていないのだと。どうですズバリじゃないですか」

イッセイに核心を突かれて野村はあわてながらいった。

「馬鹿いっちゃいけない。今回は機密兵器がある。あけてのお楽しみだ。それよりイッセイはいい企画できたのか。話してご覧よ」「うーん。それがですね、まあ僕の場合はぼちぼちというところで」

イッセイは大きお腹を隠すように、すごすごと自分の席に戻ってしまった。

机の前で原稿用紙を広げてみてもなんのアイデアも浮かばなかった。マッキントッシュの前に座っても、キーボードを叩く気にもなれない。

締切りまであとわずか。野村は呆然とした。

「提出する前に企画をみてもらいたいのです。自分じゃどれがいいかわからなくて、三点に絞れないのですが」といって東山荘一郎が野村のところに企画をもってきたのは、提出三日前のことだった。

エイズキャンペーンのどさくさのときに野村室に突然配属になった東山壮一郎も野村の室にきてからもう丸一年半がたっていた。ボランティアの出演者が決まると、その名前の上に嬉しそうに自分で折った紙の赤い薔薇をつけているのをみて、こいつは若いけれど、制作者の熱さをもっていると直感的に野村は確信したが、一年の間にその熱さが表現できるようになっていた。どんな仕事にも自分からやらせてくださいといって、手をあげてきた。そして明かに前日は一睡もしなかったことをもの語る真っ赤な目をさせて、こんな企画はどうでしょうとたくさんの企画を書いてきた。しかし書いても書いても東山の企画は得意先に売れなかった。「おい、腐るなよ。一年目で企画が売れたら、拓馬たち先輩はどうしていいかわからなくなる。でも腐らずに書き続けろよ。いいね。忙しかったら、寝なければいい。書いて書いて捨てるほど書き続けるんだ。きっといつか自分の書いた企画がオーケーになる。

その日から急にどうすれば企画は通るものかが体でわかってくる。その日まではとにかく寝るのも惜しんで、企画を書き続けることだ」野村は自分が実践してきた仕事のやり方を東山には強要した。そんな毎日についてこれないようなら、この若い制作者はどこへいっても使い者にならなくなる。でもその試練さえ乗り越えればきっと若いうちにこの才能は華開くはずだった。エイズキャンペーンのときに垣間みた、誰に教わったわけではないのに自分から赤い薔薇を折っていた、物を作りだす熱さを、東山壮一郎は生まれながらにしてもっていた。そして十か月目に東山の書いた企画が初めて売れた。

「ノムさん、みてください。これ僕の企画です。初めて決まりました。ありがとうございました。僕、もしかしたら一生企画がオーケーにならず終わるのじゃないかと実は心配してもいました。書いても、書いても、徹夜で考えれば考えるほど決まらないのだから。あせりました。でも、書き続けてよかった。自分の企画が決まるということがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。ありがとうございました」

素直に喜ぶ東山に対して野村はいった。

「じゃ、お祝いにその仕事の演出、俺がやろう。壮一郎の企画をもっとスケールの大きなものにしようじゃないか」

その得意先は野村室でもそんなに大きな得意先ではなかったが、それだけに自由にいろいろなことに挑戦できた。若手が仕事を覚えていくのにもってこいの得意先だった。野村は東山のたてた企画をスケールの大きな仕掛けのコマーシルに仕上げた。

「ノムさん、昨日僕あのコマーシャルみました。新小岩の定食屋で鯖味噌食べていたら突然、あのコマーシャル流れてきましてね。店中の客にあのコマーシャルは僕が企画したんだ、僕のアイデアなんだと教えてやりたかった。それくらい興奮しました」まだ興奮が覚めない口ぶりで東山は野村に深夜の定食屋のことを話した。東山の態度をみていて野村はうらやましかった。初めて自分の書いたコピーの原稿が新聞広告になったときには、朝一番で駅の売店にいってその新聞を何十部も買い込み、何回もその広告を隅から隅まで読んでから、鹿児島の実家に送ったものだ。そして初めてのテレビコマーシャルのときには放送される時間を調べて、その一時間前からテレビの前に座り込み緊張をしていたのだ。そんな初々しい緊張感も達成感も年を重ねるに従って野村から色褪せていった。東山はあの日の野村の気持で今企画をがむしゃらに書き続けていた。まったく売れなかったのが嘘のように突然東山の企画が立て続けに三回通り、拓馬やイッセイたちを脅かしているのも事実だった。

そんな東山壮一郎がみてくれといってもってきたJR東京の企画を読みながら、野村は嬉しい気持と同時に軽い嫉妬を覚えた。まず企画の点数がすごかった。クリップで止めてあるのを指でざっと数えただけでも三十点はあった。最初から斜め読みしながらみていく。野村は驚いていた。点数の多さもさることながら、東山の書いた企画はどれも入社二年目の制作マンのものとしては標準を越えていた。テニオハから直接指導したわけではないのに、ちゃんと企画になっている。入社十年たってもなにを目的とした企画を書いているのかが全くわからない人間が大勢いる中で、東山の躍進ぶりには嬉しくなった。同時に三十点もの企画を臆することなくたててしまう若さに嫉妬を覚えた。喧嘩を売ってとってきた仕事である以上負けられない、という野村のプレッシャーを東山はなにも感じることなく、のびのびと企画を作っていた。野村は東山の企画から五点を選び出した。そしてその中から一点を取り上げると中でもこれが一番いいといった。

野村が取り出した企画書のタイトルには「お父さんの背中はVゴール」と書かれていた。

[常磐線。牛久から東京千駄ケ谷国立競技場までJリーグ観戦に出かけた親子の家路。子どもにとってサッカーはいまや憧れのスポーツ。地方在住の子にとってJリーグを観る機会なんてめったにあるものじゃない。

どんな気まぐれか会社人間の父が国立競技場に連れていってくれた。試合後の千駄ケ谷の駅はちょっとしたものだ。

人の波。人、人、人。駅へ向かいながら興奮覚めやらぬ親子。

子「凄い試合だったね」

父「凄い試合だった」

子「二対二で延長、もうPK戦だと思ったけれどね。ラスト十秒であんな凄いシュートが決まるなんて」

電車はスタジアムの興奮をそのまま乗せて夜の都心を離れていく。いつしか独特のムードの電車の中も一人去りふたり去り、普段の夜の電車に戻っていく。父と子は乗り換え駅で次の電車を待っている。

子「遅くなっちゃったね」

父「うん遅くなっちゃった」

子「お父さん最終電車に間に合うかな」

父「大丈夫、間に合うよ。いつもの時間に電車はやってくる」

子「そりゃそうだね。でも凄い試合だったね」

父「凄い試合だった」

やがて電車は牛久につく。もう十二時をとっくに過ぎていた。深閑としたホームでは駅員たちが店じまいの準備をしている。そんなホームを背景にくたびれて寝入ってしまった子供を背負って、父は家路に向かう。

スーパーインポーズ/僕の最終電車はお父さんの背中。

子「凄い試合だったね」(寝ぼけながら)]

「なかなかいいところに目をつけたよ」といいながら実は野村は舌を巻いていた。通勤がテーマである以上、満員電車をださなくては共感性がないとすると、国立競技場でサッカーが終わったあとの信濃町からの電車というのはどんなに満員でも誰からみても拒否感がないはずだった。野村は東山が忙しさに紛れてしっかりと仕事のノウハウを教えたわけではないのに、企画のポイントをしっかりと身に付けだしたことに驚いた。満員電車というシーンの提供。そして父の背中という安心感のシンボルをしっかりと押さえながら定時運行の安全性という得意先に答えるべき課題を軽々と処理していた。こういうことは広告屋として長い間をかけて学べるものではないのだ。与えられた条件の範囲内でそれにふさわしいシーンを考えだし、いうべきことを象徴的にいえる力というのはもって生まれた感性だった。もしかしたら百人の審査に委ねると、こういう企画が一気にいくかもしれない。野村は少しあせった。

「これはなかなかよくできている。必要最低限のポイントは全部押さえて、そのくせちゃんと泣かせもきいている。これはいいコマーシャルになると思う」

野村がそういうと東山は不服そうな顔でいった。

「そうですかね。僕はお父さんの背中はなんかへつらっているという感じで嫌だな。僕はノムさんが選んでくれた別のものの方が好きです。僕の気分が全部出ている」

「へつらってはいけないのかね」

「だって、媚びることないじゃないですか」

若いのに制作者としての感性を初めから持ち合わせていると思った途端にこれだ。野村はうんざりしながらいった。

「だって広告というのは得意先からお金をだしてもらって、自分らの作りたいシーンにもちこむものだろう。本来お金をだす、旦那さんの好きなシーンやテーマを用意してどうして悪い。へつらいこそ広告の原点だということを今の制作者はすぐ忘れる」

「なんかそんなふうにいうとノムさん、まるで年寄りですね。じゃノムさんはどんな企画でへつらったのかみせてもらえませんか」東山の言葉を聞いて野村はあせった。拓馬やイッセイと同様若い東山までが人の手のうちを読みに来ていた。自分の企画は野村より上かどうかをチェックしているのだ。それだけ東山は自分の描いた企画に自信があるのだろう。明後日が締切りだというのに、そのへつらいのひとつもできていなかった。まったく今回はどうしたというのだろう。何日たっても白紙のままだった。企画の断片さえ思い浮かばない。内心ではあせりながらも、何食わぬ顔で野村はいった。

「年寄りの企画は提出日まで企業秘密だ。壮一郎は人の企画の心配をしていないで、他のものをもっと練り上げるのだな」そういって東山を追い返してから、あわてて机の前に原稿用紙を開いたが、なんのアイデアも浮かんでこない。野村は突然立ち上がると机の一番下からTシャツと短パンを取り出し、その場で着替えだした。机の下でひっくり返っているランニングシューズをひっぱりだすと、「ちょっと走ってくる」といってそのまま室を飛び出すと、六階から階段を駆け下り、一気に銀座通りにでた。銀座通りを右折してすぐに鍛冶橋通りを左に曲がる。うっすらと汗がにじみだすころには皇居の二重橋の前にでていた。いつものように皇居を時計周りと反対に走る。どうしてアイデアがでてこないのだろう。どうぞなにか思い浮かびますように。どうぞ、いいアイデアを僕にください。そう願いながら野村は足を一歩、また一歩前へだした。

竹橋から北の丸公園に続く急坂がみえてくる。野村はアイデアの浮かばない自分の体をいじめるようにスピードをあげた。体がきしむ。昨夜遅くまで飲み続けたアルコールが速度に耐えかねて、胃の中で逆流している。この澱を絞りだし汗を流しきることだ。急坂を喘ぎながら走る。走る。代官山の高速の入り口に辿り着きようやく走りは安定したものになった。汗が吹き出してくる。体中にたまっていた毒素が流れ出るのがわかる。肩のあたりに重く鬱積していた疲れの層が溶けだしている。

野村は千鳥ケ淵までの約一キロの間を快適に走った。体中の毒素が噴出したあとのただ穏やかな走りがやってきた。スピードをあげても息が切れることもなく、走りはどこまでもしなやかだった。体を前へ前へ進めることの解放感、爽快感。スピードを上げ、息を切らせ、肉体をきしませ、喘いだ先にやって来る平穏な走り。爽快感。

こんな走りの爽快感をどこかでみたことがある。なんだったろう。思いだせなかった。そして突然思った。小津安二郎の走りだ。

そうこの爽快感は小津安二郎の映画に出てくる電車の走りだ。

それまで固定していた小津安二郎の映画の画面が突然電車の走りに変わり、画面がいっきに動きだす。その爽快感だった。

半蔵門の下りにさしかかる。皇居一周の走りのコースでもこの半蔵門から桜田門に至る下りのコースが野村は一番好きだった。外堀の、季節、季節の水の臭いが、深く切り落とされた崖の急斜面を逆行して、半蔵門の道端に舞い上がってきた。それは首都のどこよりも早く新しい季節の到来の臭いを教えてくれていた。その日は吹き上げてくる風の冷たさの中に、緑の優しい臭いがした。もうすぐ東京の木々たちにも新しい生命が宿る。あと二週間もするとこの町は一年で一番美しく光り輝く新芽の緑に包まれる。また今年も緑の臭いが戻ってきた。無事に一年がすぎたことを感謝しながら、野村はかすかな緑の吹き出した臭いを肺に送り込みながら、桜田門までの下りを気持ち良く下った。

小津安二郎の電車の走り。解放感。あの時智子ママはなんといったのだろう。そうだ平穏無事な毎日。いい言葉だ。突然すべてができあがった。この二週間みえなかったものがすべてみえてきた。走りながら思いついた断片を言葉で繋いでいく。

野村の走りはさっき以上に快適だった。桜田門を過ぎる。もう一周して帰ろう。きっとこの断片の思考が形になるはずだった。なんと書き出せばいいのだろう。快適な走りの中で全くみえなかったものがみえていく。そして漠然としたものが形になりだすと、あれだけ苦しんでいたのに、他の二案もみえてきた。野村は銀座広告社に駆け戻ると汗もふかずにマッキントッシュの電源をいれた。

液晶の画面に汗が落ちる。野村の打ち出した文字がその汗で幾重にも滲んだ。

「変わらないもの。変わるもの。

横須賀線、北鎌倉駅。小津安二郎は好んでこの駅を描いた。

あれから約五十年、不思議とこの駅の風景はあの日と変わらない。

小津はこの駅から東京へ向かう、

紀子、謙吉、康一たちの平穏無事な変わらぬ毎日を

淡々と描き続けた。

その日々のわずかな変化が小津の世界だった。

今日もあの日の紀子が謙吉が、康一が東京へと向かう。

私たちJR東京も彼らと一緒に平穏無事な一日を祈りながら走り続けてきました。

変わらないもの、それは平穏無事という名の安全。

変わるもの。それは快適さという名のサービス」

野村は打ち上がったコピーをプリントアウトすると室ヘヤにいた東山とイッセイにどうだこれといってみせた。東山がおずおずといった。

「これ当然、小津安二郎の映画のシーンを使うんですよね」

「そう、交渉次第だけれど、北鎌倉駅の小津安二郎のシーンと現代の駅の風景、笠智衆、原節子の通勤風景と現代の通勤風景、横須賀線の走りを交互に編集する」

「どうして僕、これを考えられなかったのだろう。大学の時から映画研究会に入って、小津安二郎はいやというくらいみてきていたのに。悔しいな」

東山はほんとうに悔しそうに、何度も何度も熱心に野村の書いた原稿を読みなおした。

「まいったな。平穏無事な毎日か。ノムさん、どこで考えついたのです。こんな言葉、知らなかった」

「それは企業秘密だ。企画の原点の公開はしないことにしている」

野村は書き上げた原稿が評判なのでにやにやとただ笑った。原稿を何度も何度も読み返していたイッセイが真剣な顔でいった。

「ノムさん、もしかしたらさっきのさっきまで、本当になんのアイデアもなかったんじゃないですか。一昨日、僕がほんとうは真白なんじゃないですかといったとき、馬鹿野郎と怒ったけれど、あれあたりだから、怒ったんじゃないですか」

「どうしてそう思うんだ」

図星を突かれて野村は少し動揺しながらたずねた。

「だってこの原稿、前にできあがっていれば、どうだ、どうだと大騒ぎして、みんなにみせていたはずですよ。ノムさんというのは、自分の企画をひっそりと黙って隠しもってるなんてことのできる人じゃない。ジョギングに飛び出したと思ったら、帰ってくるなり汗びっしょりで、マックの前じゃないですか。で、打ち上がったと思ったら、これどう思う。おいどう思うでしょう。そういう人なんですよ。ノムさんは。しかし驚きますね。さっきまではなんにもなかったのでしょう。どうなってるんです」

「人の評論はどうでもいい。イッセイ原稿できたのか。出来ているなら、みせてみろ」

「いや僕は提出するまで秘密兵器は公開しないままいきます」

そういうとイッセイはすごすごと自分の席に戻っていった。

東山がいつまでも野村の側に立っていた。東山はショックを隠しきれない様子だった。そして気を取り直したようにいった。

「お願いがあるのです。もしこの企画が通ったらプロデューサーをやらせてください。問題は小津安二郎の映画の版権がとれるかどうかですよね。僕くらいついて、くらいついてこれが広告として放映されるようにがんばりますから」

「おいおい、なにもこれが決まったわけではない。壮一郎のお父さんの背中はVゴールとも、イッセイの秘密兵器とも闘わないといけない。それで電博デンパクの企画とも勝ち抜けたらの話だ」

「なにいっているんです。今回はこれに決まりですよ。六十点の中で最高得点で合格しますよ。でも、ノムさん、絶対その時はお願いですよ。僕をこのコマーシャルの担当プロデューサーにしてくださいね。いや、ノムさんが駄目だといっても、僕は担当プロデュサーやりますからね」

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